樹木,山,川,生体組織などの自然界に見られる様々な形には,その一部を拡大しても大きな部分と同じ形が現れるという性質を持つものが多く存在する.このような性質を持つ形や構造はフラクタルと呼ばれており,我々の周りには,顕微鏡的な微小スケールから天文学的なスケールにいたるまで様々なフラクタル構造が存在している.
フラクタル構造の普遍性と特異性ゆえに,フラクタル構造に関連する様々な光学現象を解明することは重要かつ興味深い課題である.このような観点から,次のようなフラクタル光学の諸問題の研究を行っている.
- フラクタル開口からの光回折現象
- フラクタル粗面からの光散乱現象
- フラクタル多重散乱体からの光散乱現象
- フラクタルな光の場の生成とその特性の解明
- フラクタル構造の光学的計測法の開発
- 光散乱場のフラクタル性の解明
例:フラクタル的光散乱場の生成とその特性
我々の周りに存在する物体のほとんどは,その表面構造や内部構造に光の波長に比べて無視できない程度のランダムさを伴っている.たとえば,平らに見える紙や机の表面などは光の波長(おおよそ0.5ミクロン程度)よりも大きなスケールで凹凸になっている.そのような物体は入射する光を散乱させる.特に,レーザ光のようなコヒーレントな光の場合,その反射光や透過光には,散乱された光によって生じるランダムな干渉現象であるスペックルパターンが生じる.
光散乱場は,一見するとランダムで何の情報も含まないように思われるが,そこには,光を散乱した物体や,照射光,途中に介在する光学系の特性などの情報が含まれており,散乱場を適切に解析することによりこれらの情報を取り出すことができる.このような観点から,光散乱に関する次のような研究を行っている.
- 回折場および像領域に生じるガウス的光散乱場の統計的性質の解析
- 回折場および像領域に生じる非ガウス的光散乱場の統計的性質の解析
- 非回折性,フラクタル性等の特異な性質を持つガウス的光散乱場の生成その統計的性質の解析
- 光散乱場を応用した光情報処理・光計測の開発
例:非回折性光散乱場の生成とその応用
光の伝搬現象を巧みに利用した技術として光情報処理がある.たとえば,一つの凸レンズは,フィルムなどに記録した画像に対して2次元のフーリエ変換処理を瞬時にして行う特性を持っている.さらに光学系を工夫すると,様々な情報処理を実現することが出来る.液晶パネルやCCDカメラなどのエレクトロニクス素子と組み合わせることにより,光情報処理は一層フレキシブルな並列情報処理技術となる.光情報処理については次のような研究を行っている.
- 光情報処理におけるウェーブレット変換の応用
- 光情報処理におけるウィグナー分布関数の応用
レーザの散乱パターンであれ,自然画像であれ,光波として伝搬する情報はCCDカメラなどの撮像素子によって2次元画像としと捉えられる.したがって,光学現象を定量的に解析し,その工学的応用に結びつけるには,画像の適切な処理と解析が不可欠である.
この課題では,画像の種類や目的に応じた各種の画像処理法を取り扱い,光学現象の定量的把握や画像による種々の物体の認識や判別などを行うことを目的に,次のような研究を行っている.
- 画像処理による冬季舗装路面の状態判別
- 光散乱場の解析のための画像処理法の開発
例:画像処理による路面状態判別
光と物体との相互作用を,物体の応答の波長依存性として捉える分光的手法は,物体の光学的計測手法として重要な位置を占めている.特に,近年,生体や農産物,食品などの複雑な有機混合物の解析に適する波長域として近赤外領域が注目されており,この光を用いた近赤外分光法が研究領域から種々の産業分野にまで急速に浸透しつつある.この研究課題では,分光スペクトルに対するデータ処理技術の開発とその近赤外分光法への応用を目的に,次のような研究を行っている.
- スペクトル・成分相関法による成分スペクトルの推定
- 一般化微分法による微分スペクトル法の拡張とその応用
例:一般化微分法の応用
円盤レコードや録音ろう管などの過去の音響資料の中には,歴史的・文化的に貴重な音声情報が含まれているものが多く残されている.しかし,そのほとんどは,不適切な保存によって材質が脆弱化したり破損したもの,またその文化的重要性ゆえに針による再生が許されないものもある.そのようなレコードから音声を再生するには,何らかの非接触な手法が必要となる.このような目的から,光学技術や画像技術を利用した音声再生技術の開発として,次のような研究を進めている.
- レーザ光による古いレコードからの音声再生
- 画像処理による古いレコードからの音声再生
例:画像処理による円盤レコードからの音声再生
光散乱現象を生じる光学系を工夫することにより,空間的強度分布が自己相似性やべき関数的相関などのフラクタル的特徴を示す光散乱場を生成することが可能である.そのような散乱場の生成方法を理論的に提案し,それを生成する実験を行うとともに,計算機シミュレーションの手法を用いて詳細な検討を行い,散乱場にフラクタル性が現れるための照射光学系の条件や,生成したフラクタル的散乱場のマルチフラクタル構造などについての新たな知見を得た. |
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フラクタル的光散乱場の強度分布の例 (実験結果) |
フラクタル的光散乱場の強度ゆらぎの相関関数 (計算機シミュレーション) |
自由空間中を伝搬しても形や大きさが変わらない光ビームは非回折性ビームと呼ばれ,その代表的なものとしてベッセルビームが知られている.そのような特性を光散乱場にも付与できることを示し,生成した非回折性散乱場(左の図)の応用として,光軸方向の移動に高い不感性を有する物体の移動計測法を開発した.右の図は,測定対象物体が光軸に垂直な面内だけを移動した場合と,面内に加えて光軸方向にも面内移動の100倍の距離移動した場合の移動量計測曲線である.二つの曲線はほぼ一致しており,光軸方向の移動にはほとんど反応していないことがわかる. |
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非回折性光散乱場の強度分布
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非回折性光散乱場を用いた散乱物体の移動量測定.横移動だけの場合(実線)と横移動にその100倍の縦移動を伴う場合(破線)の測定結果 |
冬季の舗装路面は,積雪の状態や路面の種類によって様々な変化を示す.CCDカメラにより取得した画像からその路面状態を自動判別することを目的として,路面画像に対する種々の統計的解析を行った.その結果の一例を下図に示す.路面画像の輝度確率密度から得られる歪度とコントラスト,および路面画像のフラクタル次元を用いて,2種類の舗装に対する計6種類の状態を概ね判別できることがわかる.(工学部土木工学科武市研究室との共同研究) |
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異なる状態の舗装路面の例.乾燥状態(左)と雪氷充鎮状態(右)の排水性舗装路面 |
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画像の輝度の歪度,コントラスト,およびフラクタル次元を用いた舗装路面の状態判別 (交差法によるステレオグラム表示) |
近赤外分光法におけるスペクトル解析では,スペクトルに対する前処理として1次または2次の微分処理を行うことが多い.この微分演算を整数から実数に拡張した一般化微分法,および,さらに微分によるピークの移動を抑制した一般化絶対微分法のスペクトルへの応用を行っている.下図は,米の近赤外スペクトルとその一般化絶対微分スペクトルの例,および一般化微分処理を施した米の スペクトルとその主要成分であるアミロース,水分,および蛋白質との相関スペクトルの例である.最後の例では,微分次数の連続的増加とともに相関ピーク(濃赤色部分)が狭くなる,ピークが分離する,新しいピークが出現するなどの変化が現れていることがわかる. |
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米の近赤外吸光度スペクトル(左)とその一般化絶対微分スペクトル(右) | ||||
一般化微分処理された米の近赤外スペクトルとその成分 (アミロース,水分,蛋白質)との相関スペクトル |
円盤レコードの表面をCCDカメラで撮像し,適切な画像処理を施すことにより,その音溝のパターンを音声信号に変換することができる.そのための画像処理の最適化と高速化を進めている. |
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円盤レコードの音溝の写真(左)とそれから抽出した音声信号の例(右) |